写真と気持ち。
写真は光がないと撮れないし、撮りたいと思い描いている写真があっても、思うような光が得られなければどうしようもない。
ライティングとかしっかりやればそれはもちろん撮れるのだろうけど、僕にはそんなスキルも道具もないので。それに子供はこっちの都合なんておかまいなしだし。
だから、いい光を見つけるとすぐにでも写真を撮りたくなるのだけど、そういう気持ちになるのは朝の光が一番多い。なんとなくなんだけど、朝の光が一番優しく清々しい雰囲気がある気がするので。
あ、でも、この写真を撮ったのは確か昼下がりだったかな。。。
すごく天気が良い日だったので、日差しは強かったのだけど、日当りがそこまで良い部屋でもなく、カーテンでもほどよく遮られて、部屋には優しい感じの光が入ってきていたみたい。
赤ちゃんはお昼寝中。
新生児の時間というのは本当にあっという間。泣き声もまだか細くて、手足もびっくりするほど細い。抱き上げるとものすごく軽いし、頭は僕の手より小さい。こんな小さな存在でも、タオルにくるまれてすやすや寝ている姿をただ見ているだけで優しく、嬉しい気持ちになる。この時期にだけ感じられる特別な気持ち。
こういう気持ちはどうやったら写真に残せるだろうかと長らく考えてきた。何年後かに自分が撮った写真を見直した時に、写真を撮った時の気持ちを思い出すにはどうしたらいいのだろうか。
構図?明るさ?色々試してみたけど、はっきりしたものなんて何もわからない。でも、写真に気持ちを残すというより、どうやって写真でその時の気持ちを表現するか、っていう考え方の方がしっくるくるなぁという気持ちに変わってきた。
写真に気持ちを写すことはできないけど、自分がどういう気持ちでその被写体と向き合っていたのかということは不思議と写真に現れてくるから。
そういう中で最近意識しているのは、光と陰とそのバランス。
明るいところとそうでないところ、そしてその間の部分のそれぞれのバランスで、それを見ている自分の視線や気持ちというものを表現できるような気がしていて。
だから、どんな塩梅で光を入れるのかということをとにかく意識してシャッターを切る。そして、現像でイメージに近づけていく。
こういうことを繰り返している。そして、考えすぎて撮れなくなって、とにかく撮らないと始まらない!と考え直す、といういつものパターンも一緒に繰り返している。本当にいつもこのパターンだなぁ。
別に芸術したいわけなんかではない。撮るからには自分の写真は自分の色が分かるものにしたいなというだけ。そのためには、自分はどう表現したいのかという一つの軸を持っている必要があるかなと。カメラが高性能化して誰でも上手な写真を撮れる今の時代だからこそ特に。
だから、別に写真を見てくれた人にはどう受け止められてもいいと思うし、むしろ色んな受け止め方ができる写真の方がいいんじゃないだろうか。
みんな、誰かが撮った写真を見て、自分の経験とか考え方の中で勝手に解釈してる。僕もそう。だから、色んな捉え方が出来る包容力のある写真の方がきっと素敵だと思う。
そういう写真を撮るためにも、普段の生活からちゃんとしなくちゃいけないなーと思っているんだけど、なかなか上手くできなくて。いつまでたっても、色んな試行錯誤がずーっと続いている。
写真を始めて数年たつけど、少しは上手く撮れるようになっているのかなぁ…。